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ねむい

やあ諸君。

ここ数日「やべぇ、いわきネタが尽きたww」と放置しておりました。なんせアレなのよね、いわき2大巨頭と言えば「スパリゾート」「アクアマリン」なのだが、そこ行ってねぇんだよ。

小川キノコ園のシャッキリポンなエリンギと、仔犬のえりんぎちゃんとの出会いは極めて大きな喜びであったが、流石に、いつまでもアンモナイト話を引っ張る腕は無いわ。


しかしよく考えてみれば、こちらのブログは、そもそも、いわきネタ限定のブログではなく当初はAPAホテル関係の書籍とかを紹介してたような気もするので、今回は非いわきネタを書こうと思うのであります。




で、Twitterを中心にネット上を徘徊するなどして、なんか話の種になるようなトピックは無いかと探してみたのですが、ありましたよ。炎上マーケティングに最適のヤツが。毎度毎度、議論が終わりなきループに陥り、論点が拡散しまくった挙句、相手の人格否定に終始するという、独り酒の肴にピッタリな話題、それは「実名・匿名論争」であります。
これはね、スベリ知らずです。必ず炎上する。これに匹敵する話題として「男女論」とか「国旗国歌論」とかもあるのですが、そっちは本物が来るから怖いという面がありますので、今回は見送る事と致しました。



さて、今回、実名匿名論争について書こうと思ったキッカケは、とある人物をめぐる論争でありました。



まぁ、そもそもの発端については今さら何も言いませんけど、その後に生じた表面的な事だけを言えば「実名を名乗る人物が、ネット上で匿名の者に批判を受け、『匿名で好き勝手言うな、卑怯者め。名を名乗れ』と主張する」という、割と良くある構図であります。

匿名性という物は、ネットにおいて自由闊達な議論を促進する要素であります。
たとえば10代の若者の提言でも「ガキの意見なんて聞いてられるかよ、フン!」と言われず、ちゃんと評価される。
権力者や著名人でなくても、社会について物申す事ができる。
そして何より重要な事として、その発言を受けて誰かが「アイツ気に食わないから不利益を与えてやれ」という私的制裁ができないわけです(もちろん、明らかに法に触れるような発言は駄目ですよ)。

一方、その性質上、「酷い事を言っても、自分が責任を問われることは無い」とする悪しき安心感から、面と向かっては言えないような言葉を罪悪感なく発するような行為を助長している面も否定できないでしょう。
私ですか?そんな酷いこと、やって…ませ…俺の事は、どうでもエエやないか!(机ドンッ!)




まぁ、その辺は棚に上げるとしてですね、毎回炎上しながらも噛みあわないのは何故なのかを、整理してみましょう。
ぶっちゃけた話、みんな頭の中では分かってるのにワザと論点ずらしてるから噛みあわないんですけども、その辺についてね、もうそろそろ、エエんちゃうかと。ちょっと冷静になって、まとめてみてもエエんちゃうかと。そのように思うのであります。


まずですね、「実名」「匿名」の定義が幅広すぎるのですよ。
もうちょっと実態に即した、細かい分類をすると以下のようになります。
それぞれの名称や解説は俺が勝手につけた物なので、あくまで「段階に分けて理解するための暫定的な分類」と御認識下さいな。


① 戸籍名
役所に登録されている名前で、法律上の「実名」。
法律的には究極の本人名であるが、人によっては必ずしも戸籍名が「もっとも重要な名前」では無い事もある。と、俺が定義した。
1人につき1つしか存在しない。


② 実務名
その人が業として名乗る「実名」である。
夏目金之助が夏目漱石を名乗るように、作家の筆名やタレントの芸名を指す。
戸籍名以外で活動する人にとって、この実務名が「もっとも本人を強く認識させる名前」で、「その名が穢れると最も困る名前」だったりする。と、俺が定義した。

たとえば「平井太郎」が誰か知らなくても、実務名「江戸川乱歩」なら知ってるわけです。




「椎名巌」という堅そうな戸籍名を持つ、実務名「桂歌丸」さん。





「ムンフバティーン・ダワージャルガル」という名は知らなくても、「白鵬」ならみんな知ってる。



「古谷仁」なんてオッサンの名前にしか見えないが、実務名は「MEGUMI」だったりする。



この、「社会活動を行う上で主となる名前=実務名」に関しては、ほとんどの場合は1つであるが、複数持つ事も可能である。

小説家の「栗本薫」は、評論家として活動する時は「中島梓」と名乗った。実務内容に応じて、実務名を使い分けた例である。

戸籍名=今岡純代
実務名=栗本薫・中島梓


③ 演名
定義が難しいが、「当人および周囲が、自覚的に呼称する、役割やキャラとしての名前」とでも言うべきか。エンターテインメントの世界で生きる人は、架空のキャラクターの人格を演じる事は多いが、その中でも当人と不可分な存在となっている場合を指す、「戸籍名や実務名を持つ個人にヒモづけされた事実上の実名」である。と、俺が定義した。

例えば、「金八先生」。



あるいは、「寅さん」。

戸籍名=田所康雄
実務名=渥美清
演名 =寅さん

また、こうした演名に関しては、実務名と同様、自覚的にあるいは結果的に、複数持つ事も少なくない。例えば武藤敬司とグレートムタ。

武藤が新日本プロレスの闘魂三銃士としてベビーフェイスをやり、グレートムタが反則も厭わないダーティーなキャラで「武藤の暗黒面」を演じ、ファンは、同一人物と知りつつ見るというジキルとハイドのような・・・分かりづらい?
まぁ、彼の場合、戸籍名&実務名=「武藤敬司」、演名=「グレートムタ」と言えなくもない。




④ 固定名。
こっから「匿名」。
固定名とは、発言者の同一性を担保する能力を持つ、「戸籍名や実名にヒモづけされない、事実上の匿名」である。
「事実上の」と付くのは、本人に「戸籍名や実務名を公表したくないという意図」だけあって、本当は戸籍名や実務名にヒモ付けする事が本当は可能だからだ。
この「固定名」、発言主としての同一性などは、戸籍名や実務名と同等に確保できる。実務名・演名との違いは、構造的には無く、主たる社会的活動をその名で行っているかという質の面のみだ。Twitterで相応に1つのアカウントを使っている場合などは、これにあたる。

例として、この人。

このへん http://matome.naver.jp/odai/2135282759186560301 を読むと、大体正体が分かる。これは「あくまで実名主義。“ちきりん”という名は、実務名としてのペンネーム。桂歌丸と何が違うのか?」と実名派に分類する事も出来る気がするが、イガヤスヨさんの場合「主たる社会活動はイガヤスヨ名義でやってるが、そっちを公表したくない」としているようなので、ペンネームとしての実務名ではなく、固定名として匿名派に分類されるのではないか。

要は、「桂歌丸」より「岡田ぱみゅぱみゅ」に近いやろ、と。


⑤ 匿演名(乙)。

これは、「当人および周囲が、自覚的に名乗る、役割やキャラとしての名前」のうち、
「固定名にひもづけされた事実上の匿名」である。
たとえば「岡田ぱみゅ五郎」という老人キャラを、岡田ぱみゅぱみゅと繋がりをあらわにして演じた場合、「大連にいた頃が懐かしいのぅ…」とか書いても、多くの人は「何いってんだ、あんた岡田ぱみゅぱみゅじゃねぇか」という固定名までは分かる。
しかし、ぱみゅ五郎=岡田ぱみゅぱみゅという構図以上には進めないので、「戸籍名や実務名ではなく、匿名にヒモづけられている」と言える。



⑥ 暫定名。
固定名と本質的な違いは無いが、期間や頻度の面において限定的に運用される匿名。

雑誌の匿名座談会などで
AさんとBさんとCさんが議論してるのを見た事あるだろうが、発言主の同一性が確保できれば「ふむ、この人さっきはこう言って、反論を受けて、こう切り返してきたな…」と議論は可能なのである。発言主を特定し把握できる限界。Twitterは、公式には、ここまで。
2chのID制度などが、これにあたる。

⑦ 秘匿名
発言の主体を把握する事が完全に不可能な名前。
「私はAだと思う」
  「バカ野郎、AじゃなくてBだよ!」
「何だって?Aに決まってるだろう!」
…これを同一人物がやる事も可能だ。Twitterでは、複数の暫定名を持つ事でイケる。
どこにもヒモづいておらず遡及性なしなので、秘匿の名である。



① ~③が「実名」、4~7が匿名。そんな中「実名派」は、匿名中の匿名である秘匿名を想定し「匿名の連中は相手にしてられない。ノーリスクで言いたい放題、言う事をころころ変えて都合が悪くなると逃亡する」と匿名をDISる。
一方、「匿名派」は、実務名(ペンネームや芸名など)と俺の固定名、何がそんなに違うねんと不満を感じ、実名派に対し「お前も芸名だろ」とか言ってしまうのですが、主たる業を実務名「桂歌丸」でやっている椎名巌さんと、自分が勝手に名乗ってるだけの「固定名」は、構造的に同じだが質的に違う。

今後、よくあるアレをナニしようとしたが眠い寝る
そのうちきっちり清書します(途中で力尽きた感が凄い)
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さらなる悪だくみを

ほぅ・・・

いわきは、カマボコ生産量日本一だと…?



ククク……

里にエリンギあり、海にカツオとカマボコあり、山にアンモナイトあり。そしてハワイまである。
全国制覇への武器は揃っているではないか。
おぅおぅ、海なし郡山の悲鳴が聞こえるわい…

ククク……


仁義なき福島県内覇権争い、第二章へ

つばさ



やあ、兄弟。取り急ぎ、これを見てくれ。



うん、それだけだ。



これから正義の話をしよう

「ゼゼヒヒ」っちゅーサイトで、こんなアンケートをとっている。


瀕死の2人、薬は1人分…あなたならどうする?



噛まれると30分で命を落とす猛毒の蛇に2人が噛まれた。
薬を使えば治るが1人分しかない。半分ずつ使えば1時間だけ延命可。
もう1人分の薬を持った救急隊は30分以内には来ない。1時間だと可能性半々。



さぁ、1人を確実に救いますか、2人を1時間延命させて薬が届く可能性に掛けますか…と。


いわゆるトリアージ(wikipediaへのURL貼ろうと思ったけど記事長いからやめた)をめぐる問題であるが、「2人救う」という目的からすると、選択肢Aは50点、Bは0点か100点(期待値は50)であり、どちらも正解ではあるわけだ。

TwitterかFacebookのアカウントがあれば投票できるので、おまいらもポチってみるといい。
(なんか、投票行動に際し、男性と女性の価値観の違いとか、理系と文系の違いとか、ありそう)



ハーバードに、マイケル・サンデルとかいうピン芸人がいますけども、「ブレーキが壊れた列車、右に行くべきか左に行くべきか」の前節で始まる、客いじりを主体とした彼の持ちネタ、ジャスティス漫談に若干似てますね。

まぁ、列車にハンドルなんか無いので、運転士が何を考えようと、線路のポイントの切り替え次第でどちらかに進むだけなんですが…


さて、上記の「患者は1人、薬は2人分」の質問は、どちらの選択肢も正解なわけですが、次の場合はどうでしょう。



もう1人分の薬を持った救急隊は30分以内には来ない。
1時間以内に来る可能性は5%である。



この場合、薬を半分ずつ分け合うのは、確率論的に愚行ですわな。半分ずつ与えたところで、95%の可能性で2人とも命を落としてしまう。ならば1人を確実に救う方を選ぶべきだ…というのが理屈の上では正しい。

この時、片方が井脇ノブ子だったりしたら蛇の毒ぐらいじゃ死にませんし、そもそもノブ子に噛み付いた瞬間に毒蛇の方が即死することは自明ですから、こういう選択肢に悩む必要はありません。

しかし、我らがグラドル・ノブ姉ではない場合、「一方を救うのが合理的である。しかし、どちらを救うか俺に選べと言われても…」という点で悩む事になりますわな。なにせ1人を救うことは、1人を殺す事になるわけで。
さて、どうするか。


第一に「社会的通念や価値観に沿う選択を考える」という事になるでしょう。
つまり「子供を優先します…」「女性を優先します」などなど。自分がどちらを救いたいかではなく、一般的にこうすべきだとされている価値判断を道具として使う。
これは困難な判断を社会に任せる事で、自分の負担する責任を軽くする所作であります。
しかし「2人とも子供です。どっちを救うんですか」といった場合は判断がつきませんね?無論、こども店長だったらね、薬が余ってても「貴様にくれてやるぐらいなら、ドブ川の肥やしにした方がマシだわ!」と投棄決定ですけども、あの悪辣なこども店長、プロ野球選手みてぇな年俸を叩き出すこども店長でない子供2人だった場合、こちらで決断しなければいけなくなる。女性2人とか男性2人とか、ともかく「社会通念・価値観において等価な場合」は難儀するわけです。


第二に「当事者同士で話し合ってもらう」という方式があります。
つまり困難な判断を他人に任せる事で、自分の負担する責任を軽くするわけです。
どちらかが「俺はいいから、あいつを助けてやってくれ…」と自己犠牲の精神を発揮すれば解決。
しかし両方が「俺を助けてくれ」もしくは「あいつを助けてやってくれ」と主張した場合、再び、こちらで決断しなければいけなくなる。

と、考えていくと、少なくとも多くの人は、第三に「決断しない事を決断する」のではないでしょうか。

妙な言い回しですが、
「考える事を放棄し、決断しない」のではなく
「考えが足りずに、決断できない」のでもなく、
「考えた挙句、決断しない事を決断する」という、自分を納得させるための言い回しであります。
結果的に、実現可能性が殆ど無い最良の結果に賭け、確実に1人を救う(つまり1人を殺す)選択を拒否する事になる。



これ、別に毒蛇がどうこうの話だけでなく、世の中の分かりづらさ、もどかしさも一緒だと思うのです。
片方を助けるために片方を見捨てろというのは難しい。なぜその片方を選ぶのかという根拠も難しい。

政治家は「アメリカに言われたので仕方なく…」、会社員は「私は賛成なんですが、社内の根強い反対論に抗えず…」、奥様方は「ううん、アタシは気にしないのよ。でも、周りからこんな声もあるから」と、皆、決断の責任は自分には無いと外部要因に背負わせる。これを無責任と言う。コインを投げたりジャンケンで決めたりするのも一緒。



一方、政界を中心に最近人気の「決断力に富むリーダー」は、「確率から言えば1人選ぶしかない。片方が死ぬのは仕方ない」と結論づけるわけです。「どちらを救うか(見捨てるか)」の選択が正当な物ではなくとも、決断しさえすれば最悪の事態(2人死亡)は避けられるのですから。
ほとんど起きない奇跡を頼りに「決断しない決断」という責任放棄で2人を死なせてしまうより、1人だけでも救う決断をする事には価値がある。

しかし、内心では猛烈に葛藤し、血の涙を流しているかも知れませんが、行動だけ見れば血も涙もない機械のような面があり結果としてBを見捨てているから「Bを殺したのはお前だ!」と批判も受ける。



ま、5%の奇跡を信じるか、非情なる決断で最悪の事態を避けるかは皆さんのお好み次第。
合理的に言えば決断した方がいいんだろうけどね。








さて…これから正義の話をしよう。
正義の話と言っても「お前んトコの電波つながらねぇぞハゲ」とかいう話ではない。



上記の問題において、選択肢は本当に2つなのかって話なのですよ。


薬を運搬中の救急隊の所まで自分で向かえば、漫然と待っているより短時間で落ち合える。毒蛇に足を噛まれているのなら、脚の付け根をヒモで縛って全身に毒が回らないようにしたり、傷口から毒を吸い出したりすれば、薬が無くてもある程度延命できるかも知れない。「1人に注射し、もう1人に脚を毒が回らぬよう縛りつつ、背負って、救急隊が向かってきている方に歩く」とか「2人に注射(ただし85%をAさんに、15%をBさんに)し、毒を吸い出しつつ、大学病院に電話して対処法が無いか聞く」とか、当初の2つの選択肢以外にも何かあるのではないかと。


この、他に方法は無いのか必死で模索する作業、
「出来る事はやりつくした。選択自体が最善かは分からないが、過酷な選択に迫られ必死で対応策を考えた」
と納得する事、この「やりつくした感」こそ、我々が生きる上で最も重要な事ではないかと思うのです。


社会や政治の在り方についても同じで、
「AとB、合理的に考えてAを救うべきです」と結論づける人は
 「とはいえBを見捨てる事も出来ないから、Aを救いつつも、Bを助けるべく模索してみよう」と、
「AとB、どちらを救うか決断できないので、奇跡を待ちましょう」という人は
 「とはいえ5%の奇跡に頼っても仕方ないから、どちらかに軸足を置きましょう。5%の確率が6%になり7%になるよう足掻きましょう」と。




①確実に1人を救う
②5%の奇跡にかける


の二択だと往々にして、現実主義者と理想主義者が「フン、あり得ない夢想に溺れる甘ちゃんめ!」「片方を見捨てるとは何事だ、この冷血漢め!」の対立になりがちで、およそあらゆる社会問題・政治問題において、そういう不毛な光景が見られます。

「①を選択。とはいえ、両方救われるように尽力」
「②を選択。とはいえ、奇跡を漫然と待つだけではない」
という、理想主義的な現実主義者、あるいは、現実主義的な理想主義者である事が重要なのではないかと.

どちらかを選択しつつも、その「決断」に絶対的な正義は無く、どこまでも方法論を模索する絶え間ない作業。
その、うんざりする作業を覚悟しない者が語るジャスティスは、なんと浅いことか。


まぁ平たく言うと、

意識の高いタイプに多い「こっちの方が合理的な選択だろ(ドヤァ」とか
古い腐れサヨクタイプの「理想のために可能性低い選択肢でもいいよね(ドヤァ」とか言ってる奴らは
両方とも短絡バカだから飢えたジャッカルの群れにでも食われてしまえ、という話です。
なんかこう、「現実はAだし、理想はBだと分かってるが、何とかAとBを両立させたい…」ともがく覚悟が無い奴とは話すだけ無駄だわな。


「綾瀬はるかと付き合うか、100億円もらうか」の二択を迫られた時、「100億円は貰いつつ、付き合えなくても、軽くパイタッチぐらいはイケるんじゃないの?ダメ?じゃあ手の甲ならいいんじゃない?ダメ?じゃあ85億だったらどうかな?両立できない?あー、わかったわかった。ツイスターを。ツイスターゲームで自然と接触するのは大丈夫でしょ」と必死で両立を目指す、そんな人間でありたい。



ま、そんなこんなで「ゼゼヒヒ」、やってみれ。
瀕死の2人、薬は1人分…あなたならどうする?


でもさ、ツイスターはアリじゃね?

意志が無いので

道は通じないと思います
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岡田ぱみゅぱみゅ

Author:岡田ぱみゅぱみゅ
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