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これから正義の話をしよう

「ゼゼヒヒ」っちゅーサイトで、こんなアンケートをとっている。


瀕死の2人、薬は1人分…あなたならどうする?



噛まれると30分で命を落とす猛毒の蛇に2人が噛まれた。
薬を使えば治るが1人分しかない。半分ずつ使えば1時間だけ延命可。
もう1人分の薬を持った救急隊は30分以内には来ない。1時間だと可能性半々。



さぁ、1人を確実に救いますか、2人を1時間延命させて薬が届く可能性に掛けますか…と。


いわゆるトリアージ(wikipediaへのURL貼ろうと思ったけど記事長いからやめた)をめぐる問題であるが、「2人救う」という目的からすると、選択肢Aは50点、Bは0点か100点(期待値は50)であり、どちらも正解ではあるわけだ。

TwitterかFacebookのアカウントがあれば投票できるので、おまいらもポチってみるといい。
(なんか、投票行動に際し、男性と女性の価値観の違いとか、理系と文系の違いとか、ありそう)



ハーバードに、マイケル・サンデルとかいうピン芸人がいますけども、「ブレーキが壊れた列車、右に行くべきか左に行くべきか」の前節で始まる、客いじりを主体とした彼の持ちネタ、ジャスティス漫談に若干似てますね。

まぁ、列車にハンドルなんか無いので、運転士が何を考えようと、線路のポイントの切り替え次第でどちらかに進むだけなんですが…


さて、上記の「患者は1人、薬は2人分」の質問は、どちらの選択肢も正解なわけですが、次の場合はどうでしょう。



もう1人分の薬を持った救急隊は30分以内には来ない。
1時間以内に来る可能性は5%である。



この場合、薬を半分ずつ分け合うのは、確率論的に愚行ですわな。半分ずつ与えたところで、95%の可能性で2人とも命を落としてしまう。ならば1人を確実に救う方を選ぶべきだ…というのが理屈の上では正しい。

この時、片方が井脇ノブ子だったりしたら蛇の毒ぐらいじゃ死にませんし、そもそもノブ子に噛み付いた瞬間に毒蛇の方が即死することは自明ですから、こういう選択肢に悩む必要はありません。

しかし、我らがグラドル・ノブ姉ではない場合、「一方を救うのが合理的である。しかし、どちらを救うか俺に選べと言われても…」という点で悩む事になりますわな。なにせ1人を救うことは、1人を殺す事になるわけで。
さて、どうするか。


第一に「社会的通念や価値観に沿う選択を考える」という事になるでしょう。
つまり「子供を優先します…」「女性を優先します」などなど。自分がどちらを救いたいかではなく、一般的にこうすべきだとされている価値判断を道具として使う。
これは困難な判断を社会に任せる事で、自分の負担する責任を軽くする所作であります。
しかし「2人とも子供です。どっちを救うんですか」といった場合は判断がつきませんね?無論、こども店長だったらね、薬が余ってても「貴様にくれてやるぐらいなら、ドブ川の肥やしにした方がマシだわ!」と投棄決定ですけども、あの悪辣なこども店長、プロ野球選手みてぇな年俸を叩き出すこども店長でない子供2人だった場合、こちらで決断しなければいけなくなる。女性2人とか男性2人とか、ともかく「社会通念・価値観において等価な場合」は難儀するわけです。


第二に「当事者同士で話し合ってもらう」という方式があります。
つまり困難な判断を他人に任せる事で、自分の負担する責任を軽くするわけです。
どちらかが「俺はいいから、あいつを助けてやってくれ…」と自己犠牲の精神を発揮すれば解決。
しかし両方が「俺を助けてくれ」もしくは「あいつを助けてやってくれ」と主張した場合、再び、こちらで決断しなければいけなくなる。

と、考えていくと、少なくとも多くの人は、第三に「決断しない事を決断する」のではないでしょうか。

妙な言い回しですが、
「考える事を放棄し、決断しない」のではなく
「考えが足りずに、決断できない」のでもなく、
「考えた挙句、決断しない事を決断する」という、自分を納得させるための言い回しであります。
結果的に、実現可能性が殆ど無い最良の結果に賭け、確実に1人を救う(つまり1人を殺す)選択を拒否する事になる。



これ、別に毒蛇がどうこうの話だけでなく、世の中の分かりづらさ、もどかしさも一緒だと思うのです。
片方を助けるために片方を見捨てろというのは難しい。なぜその片方を選ぶのかという根拠も難しい。

政治家は「アメリカに言われたので仕方なく…」、会社員は「私は賛成なんですが、社内の根強い反対論に抗えず…」、奥様方は「ううん、アタシは気にしないのよ。でも、周りからこんな声もあるから」と、皆、決断の責任は自分には無いと外部要因に背負わせる。これを無責任と言う。コインを投げたりジャンケンで決めたりするのも一緒。



一方、政界を中心に最近人気の「決断力に富むリーダー」は、「確率から言えば1人選ぶしかない。片方が死ぬのは仕方ない」と結論づけるわけです。「どちらを救うか(見捨てるか)」の選択が正当な物ではなくとも、決断しさえすれば最悪の事態(2人死亡)は避けられるのですから。
ほとんど起きない奇跡を頼りに「決断しない決断」という責任放棄で2人を死なせてしまうより、1人だけでも救う決断をする事には価値がある。

しかし、内心では猛烈に葛藤し、血の涙を流しているかも知れませんが、行動だけ見れば血も涙もない機械のような面があり結果としてBを見捨てているから「Bを殺したのはお前だ!」と批判も受ける。



ま、5%の奇跡を信じるか、非情なる決断で最悪の事態を避けるかは皆さんのお好み次第。
合理的に言えば決断した方がいいんだろうけどね。








さて…これから正義の話をしよう。
正義の話と言っても「お前んトコの電波つながらねぇぞハゲ」とかいう話ではない。



上記の問題において、選択肢は本当に2つなのかって話なのですよ。


薬を運搬中の救急隊の所まで自分で向かえば、漫然と待っているより短時間で落ち合える。毒蛇に足を噛まれているのなら、脚の付け根をヒモで縛って全身に毒が回らないようにしたり、傷口から毒を吸い出したりすれば、薬が無くてもある程度延命できるかも知れない。「1人に注射し、もう1人に脚を毒が回らぬよう縛りつつ、背負って、救急隊が向かってきている方に歩く」とか「2人に注射(ただし85%をAさんに、15%をBさんに)し、毒を吸い出しつつ、大学病院に電話して対処法が無いか聞く」とか、当初の2つの選択肢以外にも何かあるのではないかと。


この、他に方法は無いのか必死で模索する作業、
「出来る事はやりつくした。選択自体が最善かは分からないが、過酷な選択に迫られ必死で対応策を考えた」
と納得する事、この「やりつくした感」こそ、我々が生きる上で最も重要な事ではないかと思うのです。


社会や政治の在り方についても同じで、
「AとB、合理的に考えてAを救うべきです」と結論づける人は
 「とはいえBを見捨てる事も出来ないから、Aを救いつつも、Bを助けるべく模索してみよう」と、
「AとB、どちらを救うか決断できないので、奇跡を待ちましょう」という人は
 「とはいえ5%の奇跡に頼っても仕方ないから、どちらかに軸足を置きましょう。5%の確率が6%になり7%になるよう足掻きましょう」と。




①確実に1人を救う
②5%の奇跡にかける


の二択だと往々にして、現実主義者と理想主義者が「フン、あり得ない夢想に溺れる甘ちゃんめ!」「片方を見捨てるとは何事だ、この冷血漢め!」の対立になりがちで、およそあらゆる社会問題・政治問題において、そういう不毛な光景が見られます。

「①を選択。とはいえ、両方救われるように尽力」
「②を選択。とはいえ、奇跡を漫然と待つだけではない」
という、理想主義的な現実主義者、あるいは、現実主義的な理想主義者である事が重要なのではないかと.

どちらかを選択しつつも、その「決断」に絶対的な正義は無く、どこまでも方法論を模索する絶え間ない作業。
その、うんざりする作業を覚悟しない者が語るジャスティスは、なんと浅いことか。


まぁ平たく言うと、

意識の高いタイプに多い「こっちの方が合理的な選択だろ(ドヤァ」とか
古い腐れサヨクタイプの「理想のために可能性低い選択肢でもいいよね(ドヤァ」とか言ってる奴らは
両方とも短絡バカだから飢えたジャッカルの群れにでも食われてしまえ、という話です。
なんかこう、「現実はAだし、理想はBだと分かってるが、何とかAとBを両立させたい…」ともがく覚悟が無い奴とは話すだけ無駄だわな。


「綾瀬はるかと付き合うか、100億円もらうか」の二択を迫られた時、「100億円は貰いつつ、付き合えなくても、軽くパイタッチぐらいはイケるんじゃないの?ダメ?じゃあ手の甲ならいいんじゃない?ダメ?じゃあ85億だったらどうかな?両立できない?あー、わかったわかった。ツイスターを。ツイスターゲームで自然と接触するのは大丈夫でしょ」と必死で両立を目指す、そんな人間でありたい。



ま、そんなこんなで「ゼゼヒヒ」、やってみれ。
瀕死の2人、薬は1人分…あなたならどうする?


でもさ、ツイスターはアリじゃね?
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非公開コメント

No title

ツイスターはありだな

ツイスターは名案

No title

きみはこう言いたいのでしょう イシャはどこだ!

No title

なになに、
「薬を使えば治るが1人分しかない。半分ずつ使えば1時間だけ延命可。」
「もう1人分の薬を持った救急隊は30分以内には来ない。1時間だと可能性半々。」

ということは、救援隊は2人分の薬を持ってくるわけじゃないから、
二人が半分づつ使って一時間の延命をし、
救援隊が1時間で到着して、二人に半分づつ処方して・・・、
二人は又更に一時間延命したとしても、死んじゃう運命だね!(^_^;)

救援隊が2人分以上の薬を持ってくるんなら、一時間で到着するかもしれない、にかけるのも方法だけれど。来るのは一人分なんだよね?

つまりKFCのツイスターのステマですね!

No title

ツイスターはアリだ、という認識を皆さんと共有できたようで、喜ばしい限りです

爆笑太田はなんで「わたしたちトロッコ問題は~」ってボケなかったのか

小説でも映画でもフィクションには「主人公」がいて、その苦渋の決断に至るまでの経路ってのは、読者・視聴者から理解されてるものですよね。

しかし現実においてはそう理解してもらえるものじゃあない。

何というかこういう道義的責任というものを、(よっぽどの落ち度がないかぎり)運悪く背負い込まされた人ひとりにかずけるんじゃなくて、なんつーか社会全体っていうとヘンだけど、任された人に対するバックアップの気風みたいなのがあるといいなあって。

いやそういう話じゃないか、なんかうまいこと書いてみたかったけど眠いから文章があ
http://www.ssky-net.com/

No title

『「出来る事はやりつくした。選択自体が最善かは分からないが、過酷な選択に迫られ必死で対応策を考えた」
と納得する事、この「やりつくした感」こそ、我々が生きる上で最も重要な事ではないかと思うのです。』

大変素晴らしく、心から深く同意いたします。


ところで、「綾瀬はるかと付き合うか、100億円もらうか」の二択については、私には全く意味がわかりません。

私はモテモテ紳士なので、綾瀬はるかさんが私と付き合いたいというヌラヌラとした欲望を抱かれても仕方ないのですが、さらに100億円を背景にした私なら、綾瀬はるかさんが私と付き合わない理由などありえません。

だから私にとっては、残念ながら「100億円をもらう」の選択しかないのです。

でも私はアラブに油田を、ロシアにダイアモンド鉱山、フィリピンにマンゴー農園を持っているので、為替変動で価値が変わってしまう紙など今更もらっても・・・という気がしない訳でもなく。

ま、選択に「やりつくした感」がでない、不良問設定ですね。

Re: 爆笑太田はなんで「わたしたちトロッコ問題は~」ってボケなかったのか

その道義的責任を社会全体が任せるという同意が、災害時などにおける医師のトリアージなわけですが、これまた「絶対的に妥当である事」は難しいので、事前のマニュアル整備しかないんでしょうね。

Re: No title

> なになに、
> 「薬を使えば治るが1人分しかない。半分ずつ使えば1時間だけ延命可。」
> 「もう1人分の薬を持った救急隊は30分以内には来ない。1時間だと可能性半々。」
>
> ということは、救援隊は2人分の薬を持ってくるわけじゃないから、
> 二人が半分づつ使って一時間の延命をし、
> 救援隊が1時間で到着して、二人に半分づつ処方して・・・、
> 二人は又更に一時間延命したとしても、死んじゃう運命だね!(^_^;)
>
> 救援隊が2人分以上の薬を持ってくるんなら、一時間で到着するかもしれない、にかけるのも方法だけれど。来るのは一人分なんだよね?

智者。

No title

10年経てば価値も下がってるはずなので、100億貰い、毎年1億くらい工作資金使ってチャラい若手俳優やスポーツ選手にさらわれないようにしながら、残りの金で芸能か服飾か宝石関係の事業を力技で成功させ、実業家の妻という玉の輿と、芸能人ブランド社長へ転身という逃げ道への誘惑で雪隠詰めするのが正しい選択かな。

No title

現実は教室事例じゃないんだから,どんなときでも一生懸命に智恵をだせゴラァ!ってことですね。
面白いエントリーでした。

ちなみに,サンデル本の邦版タイトルは『これから「正義」の話をしよう』ですが,丸パクリなタイトルは遠慮されたんですね。
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Author:岡田ぱみゅぱみゅ
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